大判例

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東京高等裁判所 平成5年(う)601号 判決

本店所在地

東京都新宿区西新宿七丁目三番五号 ピアット・ワンビル

瀬戸内興産株式会社

(右代表者代表取締役 植村文雄)

本籍

東京都日野市大字宮三七六番地

住居

東京都武蔵野市中町二丁目二二番三号

会社役員

植村文雄

昭和二〇年二月一四日生

右の者らに対する各法人税法違反被告事件について、平成五年四月一六日東京地方裁判所が言い渡した判決に対し、被告人らからそれぞれ控訴の申立てがあったので、当裁判所は、検察官高村七男出席の上審理し、次のとおり判決する。

主文

本件各控訴をいずれも棄却する。

当審における訴訟費用は被告人両名の連帯負担とする。

理由

本件各控訴の趣意は、弁護人木幡尊名義の控訴趣意書に記載のとおり(量刑不当の主張)であるから、これを引用する。

そこで、原審記録及び証拠物を調査し、当審における事実取調べの結果をも併せて原判決の量刑の当否を以下に検討する。

本件は、不動産の売買及び仲介等を目的とする被告人瀬戸内興産株式会社(以下「被告会社」という。)の代表取締役としてその業務全般を統括していた被告人植村文雄(以下「被告人」という。)が、被告会社の業務に関し、法人税を免れようと企て、不動産の売買を行うに当たって第三者名義で取引をして売上を除外するなどの方法により所得を秘匿した上、(第一)被告会社の昭和六二年三月期(ちなみに、原判示犯罪事実第一の冒頭に「昭和六〇年四月一日から」とあるのは、「昭和六一年四月一日から」の明白な誤記と認める。)における実際所得金額が一億四四八〇万五一七三円であったにもかかわらず、所得金額が一五〇七万三七五五円でこれに対する法人税額が五四二万八〇〇〇円である旨記載した虚偽過少の法人税確定申告書を所轄税務署長に提出してそのまま法定納期限を徒過させ、もって不正の行為により、正規の法人税額との差額五六一七万四〇〇〇円を免れ、(第二)被告会社の昭和六三年三月期における実際所得金額が四億二六七八万八〇一九円、課税土地譲渡利益金額(短期)が四億二二五一万三〇〇〇円〔同(超短期)は四八八一万四〇〇〇円の赤字〕であったにもかかわらず、所得金額が九八万四五六九円、課税土地譲渡利益金額(短期)が二一四六万六〇〇〇円〔同(超短期)は一九七四万五〇〇〇円の赤字〕でこれに対する法人税額が四三四万一八〇〇円である旨記載した虚偽過少の法人税確定申告書を所轄税務署長に提出してそのまま法定納期限を徒過させ、もって不正の行為により、正規の法人税額との差額二億五八二〇万五二〇〇円を免れた、という事案である。

このように、本件は、二事業年度にわたり、合計三億一四三七万九二〇〇円を逋脱したものである上、逋脱率も平均九七パーセントに近い高率となっている。

そして、犯行の主たる動機は、簿外資金を蓄積し、被告会社の基盤の確立、事業拡大の資金に充てようとしたというのであるが、そのことは、被告会社を中心に考えればそれなりの理由、必要があるとしても、所詮は被告会社という私企業の利益を納税という公益に優先させたものにほかならず、原判決が「脱税の動機にも酌むべきものはな」いと説示しているのは、けだし当然の事理を指摘したものというべきである。まして、被告人が、被告会社の簿外資金のかなりの部分を事業主貸しとして個人的用途に費消している点は、私企業中心の論理からみてさえも、全く弁解の余地のないところといわなければならない。

次に、所得秘匿の手段、方法は、〈1〉休眠法人等の第三者名義を用いて不動産取引を行い、売上を除外し、同様の方法により仲介手数料収入(六三年三月期)や雑収入(前同期)を除外したほか、〈2〉売主との間にダミー法人を介在させ、あるいは架空の支払手数料を計上することにより仕入を水増しし(もっとも、各期とも売上除外に対応する簿外仕入があるので、これと水増計上分とを差引すると、六三年三月期の仕入は全体としては過少計上となる。)、〈3〉期末棚卸商品の原価を期中に売却した商品の原価に振り替える(前同期)などというものであり、まさしく原判決の「計画的かつ巧妙であって悪質である」との評価が妥当する。所論は、このような手口は多かれ少なかれ他の不動産業者も行っているもので、被告人の場合が特に悪質とはいえないと主張するが、売上除外の手段として行われるのは、多くの場合、買主との中間にダミー法人を介在させて利益を圧縮するという程度にとどまるのに、本件の場合は、取引全体を第三者名義で行い、当該取引にかかる被告会社の利益を全額除外し、また、通常は支払いを仮装するために用いる架空領収証を収入を隠蔽するためや原価振替の操作にも利用するなど、他に類例の少ない悪質、巧妙な手段、方法が用いられている点を軽視することはできない。また、所論は、被告人が長く不動産業界に身を置き、同業者の悪い慣行を見聞してきた結果、大それた犯罪を犯しているという意識もなかったとも主張するが、そのような規範意識の鈍麻、納税意識の欠如が、厳しい非難の対象となることはあっても、被告人の刑責を軽減する事由とはなり得ないことは、多言の要をみない。

ところで、所論は、被告会社には、国税局が認容した簿外支出以外にも、昭和六一年から同六二年にかけての株式会社壮大土地建物に対する簿外支払利息約五〇〇〇万円及びその他の簿外支払金約八〇〇万円があることを、情状として斟酌されたいというのであるが、その正確な支払内容、金額、帰属年度等に関する具体的な主張、立証がないので、これを各逋脱年度における被告会社の損金に算入するに由なく、したがって、情状としても、そのことを考慮に容れる余地はない。

ここで納税状況についてみると、原判決時までに昭和六二年三月期分の本税中一三〇〇万円余が納付されているのみで、これは国税当局が確定した両年度の逋脱本税合計の一割にも充たず、その他、重加算税、延滞税等も未納のままである。

以上の諸事情にかんがみると、本件の犯情(犯罪後の情状を含む。)は不良であって、被告会社及び被告人は、厳しくその刑責を追及されてもやむを得ないところである。

してみると、被告人が本件犯行を真剣に反省していること、被告会社においてもバブル経済崩壊後の不況の中で他の事業年度の分をも含め納税への努力を続けていること、その他所論指摘のうち首肯し得る諸点を能う限り有利に斟酌してみても、被告会社を罰金七〇〇〇万円に、被告人を懲役一年三月にそれぞれ処することとした原判決の量刑はまことに妥当なものと認められ、犯情の類似した同種事犯に対する科刑と比較しても、到底重過ぎて不当であるということはできない。

更に、当審における事実取調べの結果によれば、原判決後、被告会社は昭和六二年三月期の本税分として一〇二〇万円を納付し、従前の分と合わせ二三五〇万円が納付済みとなったこと、被告会社は税務当局に対し今後の納税計画書を差し入れ、被告人は代表者として右計画の履行に努力していることなどの事情が窺われるが、これらの事情を加えて本件の量刑を再検討してみても、いまだもって原判決を破棄しなければ明らかに正義に反すると認めるに由なく、前示判断を覆すには至らない。論旨は結局理由がない。

よって刑訴法三九六条により本件各控訴をいずれも棄却し、同法一八一条一項本文、一八二条を適用して当審における訴訟費用は被告会社及び被告人の連帯負担とすることとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 半谷恭一 裁判官 森眞樹 裁判官 中野久利)

控訴趣意書

法人税法違反被告事件

被告人 植村文雄

同 瀬戸内興産株式会社

頭書被告事件につき、被告人等の控訴趣意を左記の通り提出致します。

平成五年八月三〇日

右弁護人 木幡尊

東京高等裁判所刑事第一部 御中

第一、

本件は第一審に於いて被告人等が全面的に公訴事実を認め、原審裁判所の御配慮により成可く未納本税等の支払に努力して、御寛大なる御判決を頂くべき期間を頂戴した訳でありますが、結局バブル崩壊の影響により所有土地の大幅値下がり、不景気等のため処分も思うに任せぬ儘、止むを得ず裁判手続上の制約もあって御判決を頂いた次第であります。原審裁判官から最後に被告人植村に対し後一ヵ月の猶予をやった場合、幾ら支払えるかとの質問があり、被告人植村は五〇〇万円位と申し上げたところ、控訴して納税に努める様にとの御指示があったとの事であります。

結局するところ、被告人植村が未納本税等をどれだけ支払えるかが本件の情状で一番大切な事項ではなかろうかと思料し、本弁護人も税徴支払に努力する様被告人に指示して居ります。

以上を前提として被告人等に御寛大なる御判決を頂きたいというのが本件控訴の基本的趣意であります。更に原審に於いて、原審弁護人及び被告人等が述べた諸事情等もありますので、以下本弁護人から改めて被告人等の情状を申し上げます。

尚被告人植村の説明によりますと、株式会社壮大土地建物に対しては本件記録に現れて居ない昭和六一年から同六二年にかけて約金五、〇〇〇万円の利息金支払があり、右については国税局調査時点で調査官に話したところ、一応調査が終わっているので此処でなく検察庁の取調べか、裁判所で話してくれ、ということであった由であります。然し、検察庁に送られた国税調査書類の中には前記金銭授受が記載されて居ないので質問もなく、第一審裁判所の公判手続時点では、以前に国税局調査官(安藤、黒田等の人々)担当検察官(東京地方検察庁検察官事務取扱検事保坂栄治)等の人々が執行猶予はつくだろうと言って居りましたので、別に新たなことは供述しなかったとのことであります(検察官は自分は裁判官でないから判らないが、執行猶予はつくんじゃないか、と述べられた由)。

又その他にも合計金八〇〇万円位の支払があるとのことであります(この点について判然り証拠上説明のつくものがあれば証拠と共に本弁護人事務所に持参する様指示して居ります)。

第二、一般的情状

(一)被告人植村は本件以前には飲酒運転による執行猶予付懲役三ヵ月の判決があるものの、右執行猶予期間も無事に徒過し、その多少なくとも刑事法に違反する等の所業は一切ない。

東洋大学経済学部を昭和四三年卒業以来、各企業に就職し、その間倫理的にも法律的にも会社に迷惑をかけたこともない。

昭和六〇年独立して自ら不動産取引を営業種目とする会社を設立し、これ以前一三年間程不動産業を営む会社に勤務し、不動産業の良きも悪しきもその慣行を十分知悉していた。その悪しき部分が今回の法人税違反事件となったものと思料されるが、不動産業界全体の慣行というものも本件量刑には配慮さるべき因子であると思料致します。原審裁判所は判決に於いて脱税の手段が「計画的かつ巧妙、悪質と判示しておりますが、将にその通りではありますが、右程度の手段方法は恐らく全国どこの地域の不動産業者でも多かれ少なかれ行って居るものであり、不動産業の脱税の一般的手口であり、従って又それそれ「Bカン屋」とか、それなりの名前がついていて、一般の人も知って居り、従って右被告人植村の手段方法が他より特に悪質というものでもないと思料致します。

(二)原審裁判所は本件動機について特に酌むべきのもがないと判示する。確かにその点もその通りと言えばその通りでありますが、所謂脱税をする人々の大部分は被告人植村と同じ程度の理由による動機であり、被告人植村について特に酌むべき理由がないとういものでもないと思います。

被告人植村が独立して不動産業を始めた頃(昭和六〇年)は所謂バブル経済最盛期であり、不動産業者が何を手掛けても儲かる時代であります。今迄に手にすることが出来なかった大金が手に入る、或いは入ることになる。ところがそれを何とか鎮静化しようとする税法は、前記手に入った、或いは入ろうとする金員の大部分(第一案に於ける被告人の説明によると利益の九六%が税金としてとられる)を徴税しようとする。

確かに悪いことではあるが、一般的人間の心理として何とか誤魔化したくなる気持ちも判る様な気が致します。増してや以前から不動産業界では多かれ少なかれやっている実情を知っている被告人植村が事業を始めて、初めて手に入れることになった大金であって、ついというのが本音であり、それが大それた犯罪を犯しているという程の犯罪意識もなかったものであろう。

(三)現在被告人植村がおかれている立場は山頂からどん底への状況であります。

バブル経済崩壊による不況、手持ち不動産の価額も半値となり、それでも売れない現況にあります。被告人植村が現在所有する物件は合計八つ(マンションが六つ、土地が二つ)であります。それ等には総額約八億円の担保権がついて居り、実際の価値は右担保負債額をかろうじて上回る程度であります。

従って毎月従業員の給料支払等もあり、本件未納本税の納入もなかなか困難な状況にあります。

然し被告人植村は原審裁判手続中合計約金一、七〇〇万円程を支払って居り、八月末金四〇〇万円、九月一五日金三〇〇万円支払予定であり、その後各月金五〇〇万円宛の支払を予定して頑張って居ります。

以上の支払合計金は脱税額に比すれば少ないと言えば少ない金額ですが、被告人植村の血の出る様な努力によるものであります。尚国税局には前記八つの物件の裡四つが差押えして貰って居ります(被告人植村の申し出による差押)。

(四)前記から明らかな様に被告人植村は脱税による金員を今日隠匿所持している等のことは全然ありません。

買受不動産の値下がりによる不動化したものが価値として残らなくなってしまったものであります。

成程若干の金は最盛時何かに費消されたかも判りません。然し被告人植村は一見風姿からも判る様に田舎に育ち、真面目に働き、産を成すため汗を流して来た朴訥な人間であり、本来大罪を犯し刑事法に触れるような人間ではないと思います。

これもあれもバブル経済という異常経済時に特にそれが好況となって現れた多少アウトロー的な不動産業界に居たということに本件があるように思います。

現在の被告人植村は過去を反省し、自己の責任を痛感し、未納本税の納付に努力しながら何とか従業員の給料を支払い、別居中の妻子に仕送りのため自らの生活費も最低に切り下げ頑張って居ります。

この様な頑張りから現在手掛けている仕事が成功すれば(マンション分譲)前記の通り未納本税を月金五〇〇万円宛の支払も可能なところ迄きているそうであります。

以上諸般の状況を概観して見ますと被告人植村に必ず実刑を科さなければならないものかと本弁護人は疑問に思います。成程罪は罪と言えばそれ迄ではありますが、罪を憎んで人を憎まずということも御座います。立派に反省して更生の実を遂げられる可能性の多い被告人植村の様な朴訥人間が再び犯罪を犯すとも考えられません。

是非原審判決破棄の上、被告人植村のため御寛大なる執行猶予の御判決、被告人瀬戸内興産株式会社に対しては、同社再起可能な罰金刑の御判決を御願い申し上げます。

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